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ただの23歳の人間模様

不器用マイペース女子の独り言

深夜の記憶の覚書

気になるブログを見つけたので久々に動かしてみたこのアカウント。なのでついでに記事でも書いておこう。そしてなんか久々に聴いた、冒険彗星でも載せておこうか。

本当はFacebookのノートに書き溜めたけれど、暗すぎて知り合いへの公開には至らなかったから、こちらで貼り付けておこうと、思う。
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私には、高校を中退した過去があるの。
普通に高校受験して普通レベルの公立の進学校に入学した。普通に陸上部に入って高跳びの選手になりたいなーとか思ってワクワクしていた。
入学前から塾の講習行ったり、土曜講習も申し込んだ。しかしうまく学校に馴染めず、友達ができず(後で思い返してみれば実は何人かいたんだけど)基礎練習段階で陸上部を休部、学業もついていけず、元々遅刻魔ではあったものの、休みがちになって行けなくなった。虐められていたわけでもなく。ただ、常に浮いている感覚が拭えず居場所を作れなかった。時々ご飯を一緒に食べる友達はいたような気がしたけど追い詰められていた。視野が狭くなってて友達居ないと思い込んでいた。
得意科目は体育。苦手は化学と英語他沢山。好きな科目は音楽。初めてギターに触った。苦手な先生は家庭科と英語演習。
蹴りたい背中と似た設定の環境だったけれど現実には、にな川みたいな奴は出てこなかった。
最終的に、保健室直行からの、別室登校を繰り返した。寒い個室で一人勉強するのは気楽だった。公立の図書館は簡素で、開いていない日の方が多かった。クリニックに一度行ったが、警戒心の塊で何も話さず作り笑いして正常で返された。
スクールカウンセラーと面談した。警戒心しかなくて手応えは全くなし。周りの人が皆怖かった。両親が、私が学校に行かなくて苛立っていた。夫婦喧嘩を繰り返して、母は更年期もあったのかヒステリーを繰り返し自分への罵声が止まらなかった。
ある日大雨が帰り道に降った時、傘を持っていなかった。ああ、雨だ、入れてもらう友達もいなかったので一人でずぶ濡れで歩いていた。途中の道で、美容院の人が声をかけてくれ傘をくれた。お店で髪の毛ふこう?みたいなことでも言ってたのかな、私は怖くて、断った。もらった傘で駅まで行き、女子トイレの鏡を見て情けない顔に涙が出た。傘の無い誰かに傘を傾けられる人間になりたいと強く思った。
フリースクール行きたいと思っていたけれど結局、学校を辞めて、別の私立高校に再入学することになった。皮肉にも、公立の滑り止めに受けていた高校をもう一度受験することになった。
お正月の初詣で、人生で初めて凶を引いた。ただ、それがとても自分を安心させた。現実を表していたから。今がドン底なら落ちようがない。上がるのみだと感じたから。凶がなぜか私に希望をくれた。
私立に入学。誰一人知らない環境はもはや気が楽だった。人の目さえ気にならなければ永遠に一人でいたかったけれど、それなりに喋ってくれる人もいてくれたりして、ありがたかった。大学に入ることを目標にしていたからなるべく無遅刻無欠席を心がけた。少し遅刻はしたけど遅刻魔時代を考えたら別人だった。早生まれというのもあって、案外学年が下に落ちる違和感は少なかった。ただその少ない違和感に苦しめられることもあったりした。
中学時代の友達とhip-hopのダンススクールに通い始めた。中学時代の友達とは、カラオケオールしたりとか遊んでた。
高校時代は学校が全てだった。学校に居場所がないと、この世に居場所がないように思えてしまった。学校に行けない自分を責めて、涙が止まらなくて布団から出るのも怖かった。布団から出られない自分も責めて耳を塞いで息を止め、苦しくて息を吸いこみ、首を自分で握り込んでいた。
高校の時に読んだ東野圭吾の「時生」という小説に、勝手に救われた。ダメ人間の拓実という青年の元へ病気で死んだ息子が未来からやってくる物語。「今が全てじゃない」その言葉を聞くだけで、私には大きな救いになった。